皇御國弥栄


by shikishima2600
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

(偽称強制連行)朝日新聞記事(人民網提携前)(1959年7月13日)

(博士の独り言より) http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-1823.html

昭和34年(1959年)7月13日付の朝日新聞の紙面である。朱枠で囲った部分が当該記事である。同部分を拡大したものを下記に紹介する。

d0130164_729842.jpg


d0130164_7294247.jpg


-------

(以下、引用)

 在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦争中に強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。これによれば、在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は二百四十五人にすぎないとされている。主な内容は次の通り。

一、戦前(昭和十四年)に日本国内に住んでいた朝鮮人は約百万人で、終戦直前(昭和二十年)に二百万人となった。増加した百万人のうち、七十万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による徴用労働者はごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の下関-釜山間の運航が止まるまでのわずか七ヶ月間であった。

一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配船、個別引き揚げで合計百四十万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和二十一年三月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰国するなど、終戦時までの在日していた者のうち七十五%が帰還している。戦時中に来日した労務者、軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は二百四十五人にすぎず、現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意思によって在留した者である。

(以上、引用)


 上記の記事から要点を拾えば、このようになる。先ず、戦時中の朝鮮人の徴用期間については、国民徴用令が朝鮮人に対して適用されたのは、昭和十九年(1944年)9月から、下関-釜山間を結ぶフェリーの運航が止まった昭和二十年(1945年)3月までの7ヶ月間であった。

 次に人数だが、昭和三十四年(1959年)時点における在日朝鮮人の数は六十一万人であったが、各省の調査によって、在日朝鮮人における「徴用者」の人数はその内、245人であることが判った。残りの大多数の、日本に残留している在日朝鮮人は、犯罪者を除けば、「自由意志」による残留者である、と謂うことになる。 いわゆる、在日コリアンが頻繁に口にする“強制連行”については、「徴用」を“強制連行”にすり替える動きがある。そもそも、両者の意味にも大きな差分があるにもかかわらず、にである。また、「徴用」「徴兵」は、世界の数多の国家でも存在している。


・(博士の独り言 韓国は歴史を直視せよ)http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-1843.html
[PR]
by shikishima2600 | 2008-08-29 07:41